« 雑記 隔日ジョガー | トップページ | 雑記 早朝ジョギング »

2012年9月15日 (土)

雑記 体言止めに関する考察

体言止め。

それはしばしば、というより、かなり頻繁にお目にかかる技法。ここでは、しばし体言止めについての僕なりの意見というか、思いの丈をとっくりと記述。しかもその記述を全部体言止めでやってみようという、かなり画期的で奇抜で、かつ無謀な試み。過去、このブログでは例のなかった企画。ちょっと「ウザイ」と感じるかもしれませんが、そこはご勘弁。

「体言止め」とは、文字通り、文章を体言(=名詞)で終わらせる技法。ものの本によれば「余韻を残す」効果があるなどと書かれているが、それは短歌や俳句といった文芸での話であって、普通の文章で果たして余韻が残る効果があるのかどうか疑問。実生活でお目にかかるのは、新聞記事など紙幅がないところに無理矢理詰め込むためというのが多数。結果、文章がタコのぶつ切りのようにぶつん、ぶつんと途切れ、ぶっきらぼうな印象を与えているというのが実情。きちんきちんと語尾まで文字(主にひらがな)を費やして書いてくれているほうがよほど丁寧。

体言止めが続く文章というのは読んでいて本当に不快。ここを読んでいて「ぶっきらぼうで不快だ」と思われたとしたら、それはそれで僕の試みはある程度は成功。僕だって気分が若干は高揚。

さて、今回の考察で僕たちは何を学ぶべきかと、しばし愚考。すこしのひらがなを惜しんだことで相手に与える印象は「快」となったり「不快」となったり変化。わずかのひらがなを惜しむべからず、が肝要。「神は細部に宿る」ということわざもあるが、まさに至言。

これにて終了。

« 雑記 隔日ジョガー | トップページ | 雑記 早朝ジョギング »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/555181/55662310

この記事へのトラックバック一覧です: 雑記 体言止めに関する考察:

« 雑記 隔日ジョガー | トップページ | 雑記 早朝ジョギング »

無料ブログはココログ
2014年4月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30